簡便に扱える相互作用解析装置が 新たな構造生物学を切り拓く
取材/文・坂本希美 | 最終更新日:2024年11月
構造生物学の発展は目覚ましく、創薬研究への応用も期待される一方で創薬ターゲット分子の研究難度はますます高くなり、そのための高品質かつスループット性の良い分子間相互作用解析が求められている。膜タンパク質等の高難度構造解析に大きな成果を上げている理化学研究所放射光科学研究センター生物系ビームライン基盤グループの竹下浩平氏は2019年からザルトリウス・ジャパン株式会社のOctet®生体分子間相互作用解析システムを使い始め、CRISPR-Cas3システムに関する研究ではCRISPR RNAを含むCascade複合体標的DNAについての相互作用測定・検証に使用し、CRISPR-Cas3が2本鎖DNAを切断するメカニズム解明に貢献した。タンパク質科学、構造生物学においてOctet®がどのように活用されているのか、竹下氏にお話を伺った。
── まず、竹下先生の研究について教えて下さい。
私はタンパク質科学・構造生物学を主体とした研究を行ってきました。対象となるタンパク質は様々ですが、現在はゲノム 科学関連のタンパク質、イオンチャネルタンパク質および各種酵素を主に研究対象としています。分子の構造を原子レベルで明らかにすることで、分子の働きや仕組みの理解に繋がり、仕組みを理解することは分子機能改変や創薬研究へ応用するときに重要な科学的情報となります。
── CRISPR-Cas3にずっと関わっておられましたが、これは世界的にも重要な技術ですね。
CRISPR-Cas3は東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の真下知士教授、吉見一人准教授が中心となって開発されている新規の国産ゲノム編集ツールです。彼らとは大阪大学にいた時に知り合い、真下先生がCRISPR-Cas3を使って細胞でゲノム編集を行うには高品質なCRISPR-Cas3タンパク質が必要だということで相談を頂きました。そこから共同研究が始まり、CRISPR-Cas3のタンパク生産や機能改変のための構造生物学研究の部分は私たちのグループが担っています。
── 2019年からOctet®生体分子間相互作用解析システムをお使いですね。
Octet®が日本に登場したのは2010年前後だったと思います。ちょうどいろいろな相互作用解析の装置が出てきた頃で、私自身は詳しくはなかったもののカタログで新しい装置は何となくチェックしていました。その時に使いやすい装置と紹介されていたのを覚えています。構造生物学では、SPring-8施設のような放射光施設、NMR装置、高速AFM、クライオ電子顕微鏡などの原理と特殊な装置が必要な訳ですが、一方でそれらの装置を使って高難度な構造生物学研究を行うには高品質なタンパク質が必要不可欠です。言い換えると、誰よりも早く高品質な研究サンプルを得ることは研究競争に勝つポイントになります。それには大腸菌や酵母、昆虫や動物細胞等から組み換えタンパク質を生産して高純度に精製しなくてはなりません。
さらに生体内で複合体として機能するような超分子機能複合体の作製、創薬研究での標的タンパク質にリード化合物等が結合したタンパク質-化合物複合体等は、それぞれのパーツを試験管内で混合し、それらの複合体を調製する必要があります。その際、それぞれのパーツ同士がどれくらい強く長時間結合しているかといった相互作用を簡単に知りたいということは研究者共通の考えかと思います。相互作用解析といえばSPR(Surface Plasmon Resonance)だと思っていましたが、多くの準備や周期的なメンテナンスが必要で、自分でこうした機器を扱う自信がありませんでした。ちょうど職場である理研SPring-8センタ―にOctet®があるのを見かけ、たまたまその時期に使用者がいない状態だったので使ってみようと思ったのですね。先輩上司の使用履歴と、原理説明を含む取り扱い説明書を見ながら1、2 回やってみると、できてしまったので驚きました。その後、ちょうどコロナ禍の最中だったのでオンラインのテクニカルサポートを受けて、自力で使えるようになり、確かに使いやすさは抜群だなと感じました。
メンテナンス・フリーで直感的に操作できるユーザーフレンドリーな装置
── どういったところが先生にとって使いやすいのでしょう。
生物物理学的相互作用解析にはいくつかの手法がありますが、サンプルをマイクロ流路に流すSPRでは技術と経験を要します。一方BLI(Bio-Layer Interferometry)を用いるOctet®はセンサー自体を反応溶液に直接浸すシンプルなアッセイであるため、ある程度の原理を知っていれば扱える点ですね。またSPRは日々のメンテナンスが必要なため管理者が必要です。その点、Octet®は電源を入れるだけですぐに使えますし、バイオセンサーはシングルユースが可能ですからメンテナンス・フリーです。「あの解析装置、ちょっと使ってみようかな」なんて普通は怒られますが、Octet®ではそれが可能なので、とてもユーザーフレンドリーです。センサーチップにタンパク質を付けて固定化する化学修飾は熟知していますから、マテリアル部分は全部自分が準備できる、しかし相互作用解析の装置を使うことだけが初めてという状態で、Octet®が職場にあったのは本当にラッキーでした。ソフトウエアのGUI もわかりやすく、直感的に扱えるので私にとってはメリットの大きい装置です。その後、有償サポートも受けました。テクニカルサポートの方が研究室まで来てくださり、Octet®を使ったことがない共同研究者も一緒に基礎レクチャーを受けることができたことは、とても助かりました。研究の現場でコミュニケーションを取りながら教えてもらえるのは、心強いですし何よりもわかりやすいので、大きなメリットでした。使いやすさも重要ですが、アフターサポートも使い勝手を決める重要なポイントだろうと思います。しかも、私が使っているのは最新のバージョンではないのに、それを購入したユーザーのようにサポートしていただけて嬉しかったですね。
── Octet®でどのような成果が得られたでしょうか。
CRISPR-Cas3システムに関する研究として、標的DNAに結合するCRISPR RNA(crRNA)を含むCascadeタンパク質複合体について以下の実験を行いました。
1. 一本鎖DNAターゲット鎖(TS)と非ターゲット鎖(NTS)へのCascadeの親和性測定ならびにPAM配列による親和性の差の検証(6条件)
2. 二本鎖DNAターゲット鎖(TS)と非ターゲット鎖(NTS)へのCascadeの親和性測定ならびにPAM配列による親和性の差の検証(7条件)
3. crRNAに対する相同配列を100%組み込んだ標的DNA、一部含むDNA、全く含まないDNAに対する親和性の差の検証(7条件)
これらの実験によってCascadeの標的DNAへの結合性を理解することができ、論文化することができました。
Yoshimi K, Takeshita K, Kodera N, Shibumura S, Yamauchi Y, Omatsu M, Umeda K, Kunihiro Y, Yamamoto M, Mashimo T. Dynamic mechanisms of CRISPR interference by Esche richia coli CRISPR-Cas3. Nature communications, 13 (1), 2022.
またタンパク質の結晶化では、結晶化を促進する目的で構造解析をするタンパク質に対する抗体Fab断片と複合体として結晶化することや、クライオ電子顕微鏡においても抗体Fab断片との複合体とすることで分子量増加や分子の向きの目印にすることがあります。良い抗体を見つけるための手段として、ハイブリドーマ樹立初期の96ウェルプレート培養上清の、構造解析ターゲットに対する抗体の生産についての評価にもOctet®を使っています。
効率的なアッセイ条件検討、準備と待ち時間を大幅に短縮
── 先生ならではのOctet®の使いこなしなどはありますか。
使いこなしと言いますか、検討実験の時にアッセイを止めたいと思ったらすぐに止められるのが非常に便利です。アッセイ後の洗浄等も不要なので、すぐに条件を変えて測定をすることが可能なのです。たとえばセンサーチップへの非特異的な結合を抑えるバッファー条件を検討したりする場合にも、時間を有効活用できたと思います。他の相互作用解析は途中で止めると大変なことになるものがほとんどなので、終わるまで待つしかありません。Octet®はStopボタンで止めて、バイオセンサーを交換すればすぐにやり直せます。条件検討では、相互作用解析のシグナルの初期でNGとすぐわかることが多々あります。とても使いやすいインターフェースで何回も測定ができるというのはかなりの時短になりますし、待ち時間と準備時間が少なければやる気も落ちないですし、精神衛生上いいですよね。上記の論文では20条件の測定を行いましたが、同じ測定を複数回(n=3)行っても、試料準備と測定だけ計算すると、1週間くらいの時間で完了したと思いますのでスループット性にも長けています。ハイブリドーマ培養上清に目的抗体が含まれているかの評価も高いスループットでスクリーニングすることができ、実際に構造解析に使える抗体を取得することができています。
Octet® 生体分子間相互作用解析システム
化学合成科学から生命科学へナチュラルに進み、研究者の道へ
── なぜ研究者の道を志されたのでしょう。
高校時代、化学だけとても得意でした。理学部の化学科への進学が普通かもしれませんが、当時は薬学部も合成化学が強い分野でした。また、小さい頃は小児喘息でよく夜中に病院に運ばれていて、薬を吸入するだけであの苦しさが一瞬でおさまるのがすごいと思っていましたから、医療福祉系にも興味があり、得意科目を生かせる薬学部に進学しました。その後、将来は薬剤師か製薬関係企業へ進もうと思っていましたが、たしか薬理学や免疫学を授業で学びだして薬効化合物の標的は生体内のタンパク質であり、そのタンパク質に薬効化合物が結合して薬が効くというメカニズムに興味が湧き、研究に携わりたいと思いました。
2001年に九州大学大学院薬学研究院に進学し、タンパク質工学の権威である井本泰治先生の研究室でリゾチームという極めて安定なタンパク質をモデルにタンパク質の生産、熱安定性や変性剤耐性と活性の関係評価、リフォールディングなどタンパク質科学的な基礎手法を学びながら、当時はアミノ酸配列しか分かっていなかった無脊椎動物型リゾチームのcDNAクローニングから構造解析までの一連の研究を経験し、さらに創薬研究にもつながるような研究をしたいと研究者の道を選びました。研究は本当に楽しくて、その感覚を説明するのは難しいのですが没頭すると言いますか、自分の世界が楽しいのです。そこから研究成果が出ると学会発表や論文を出す機会があり、他の研究者から質問されたりして、自分がやってきたことを質問してくれる人がいるということはニーズがあるのだ、この業界に貢献できているのだと知ることができますから、とても魅力的に感じたことも研究者になりたいというモチベーションになりました。
── 今後の抱負をお聞かせください。
現在所属している生物系ビームライン基盤グループでは、高品質タンパク質の発現および精製や性状評価、相互作用解析等を組み合わせ、構造解析に耐えうるタンパク質生産体制を構築し、われわれの研究のみならず様々な研究支援、共同研究を行っています。今後、ますます困難な研究対象が出てくるでしょうが、「SPring-8に持っていけば、構造解析サンプルの準備方法からサポートしてもらえる」と認識してもらえるように努力していきたいところです。将来的には生命科学を支えるプラットフォームとして、世界中の研究者が使えるものになればと考えています。私自身の研究では、創薬ターゲットとしても重要なイオンチャネルである電位依存性プロトンチャネルの活性化機構の解明や、国産ゲノム編集ツールであるCRISPR-Cas3の基礎研究から応用研究に貢献したいと考えています。これらの目標にも分子間相互作用解析は重要な位置を占めていると思っています。
── 最後に若い研究者にメッセージをお願いします。
私は兵庫県立大学大学院理学研究科の細胞膜超分子複合体機能解析学分野の客員准教授も兼任しているのですが、特に理系の学生さんには修士課程に進んだのなら、ぜひ博士課程まで行ってほしいなと思います。私自身、大学院に進んで初めて勉強していると実感しましたし、いろいろな人との繋がりも増えて、こうしたインタビューの機会だって出てきます。キャリアやライフプランも大切ですが、もう少し主観的に人生を歩んでほしい。そういう若い人が増えると、研究業界は盛り上がっていくのではないかと思います。勇気を出して自己中心的になって、研究に没頭する楽しさを知ってもらいたいですね。