一台で何役もこなす生体分子間相互作用解析システムがmRNA標的創薬を加速させる
取材/文・坂本希美 | 最終更新日:2024年10月
2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンとして初めて実用化されたmRNA医薬は、疾患治療や予防の新たな創薬モダリティとして注目を集めている。2016年創業の株式会社Veritas In Silicoは、独自のmRNA構造解析技術によってあらゆるmRNAに対して部分構造を標的とする創薬研究を可能にした。現在、デジタル(informatics)と創薬技術(biology)を統合した創薬プラットフォーム「ibVIS®」を活用して製薬会社との共同創薬研究を進め、mRNA標的低分子医薬品の創出に取り組む。その中で課題になったのが、RNAと低分子化合物の結合等を解析するスピードだった。最適な装置を探し求めた結果、導入したのがザルトリウス・ジャパン株式会社のOctet®生体分子間相互作用解析システムである。導入で重視した要件や使いこなしについて中村慎吾代表取締役社長、新川崎研究所長の篠阿弥宇氏、立ち上げを担った同研究所研究員の今井洸児氏にお話を伺った。
魅力はメンテナンスフリーも含めたスループット性の高さ
──まず、Veritas In Silico社について教えて下さい。
中村:当社はインシリコRNA構造解析技術を基盤としてRNAを探究し、mRNA上の部分構造を標的とする全く新しい概念の創薬システムを確立しました。低分子医薬品を中心とした各種RNA標的関連創薬を行い、多種多様な治療薬の創出を目指しています。mRNA標的低分子創薬の基礎となる創薬プラットフォーム「ibVIS®」技術を確立しましたので、多くの製薬会社様と一緒に薬を作っていけば、より早く大勢の患者さんに届くことになると考え、すでに複数の製薬会社様との共同創薬研究を通じてmRNA標的低分子医薬品の創出に取り組んでいます。
──なぜOctet®を導入されたのでしょうか。
篠:創薬研究の最初の段階で行うのが化合物の探索です。 まずは当社が独自に開発したqFRETアッセイ技術でスク リーニングを行いますが、その次に行うバリデーションのた めにRNAと低分子化合物の結合をスループットよく見る方法を探していました。18年に自社のスクリーニング方法を確立してヒット化合物が得られるようになり始めたので、19年頃からハイスループットな解析方法を探していました。
中村:ずいぶん探しましたね。メカニズムも含めていろいろ 試した結果、一番フィットしたのがザルトリウス社のOctet® でした。
篠:RNAサンプル向けのアプリケーションを持つ装置はそもそも数が少ないので、本当に測定できるのか不安もありました。当社のラボにデモ機を持ってきていただいて、既存のサンプルを測定するなど入念なデモを繰り返しました。導入まで時間を要しましたが根気よくお付き合いいただいて感謝しています。Octet®から脱線しますが、私は学生時代に限外濾過フィルターやバイオリアクターなどザルトリウス社の製品に馴染みがありましたし、当社のラボ立ち上げにあたってゼロから機材を揃えることになった時は、中村からザルトリウス社の電動ピペット「 Picus® 2」をおすすめされてシリーズを揃えたりと、信用もありました。ザルトリウス社の製品はカラーリングがかっこよくて、スタイリッシュですよね。
── Octet®導入にあたりハイスループット以外で重視されたポイントはありましたか。
篠:ベンチャー企業ならではの事情かもしれませんが、当時は少人数体制だったので人間がずっと装置に張り付いていなければならないものは困りますし、使い勝手の良さも重要でした。加えて、Octet®が採用しているBLI(バイオレイ ヤー干渉法)はアッセイのデザイン次第で低分子化合物の結合の有無と強度を素早く確認することもできますし、結合親和性の測定にも使えて、一台で二役使えるのもいいと思いました。
今井:標的とするRNAの部分構造を何種類も同時並行で研究し、最終的に部分構造と低分子化合物の一番良い組み合わせを探索するので、SPR(表面プラズモン共鳴法)と比較して、センサーの交換が容易であることはアドバンテージでした。
篠:HPLCは、測定よりも流路を洗っている時間の方が長かったなあという個人的な経験があったので、Octet®はとても魅力的でした。RNAは不安定なため、SPRやHPLCのような流路を用いた系では測定中の分解が怖いですが、Octet® はバイオセンサーをシングルユースで使うことも可能で、全部リフレッシュできますし、次の実験への持ち込みが防げるので、安心感もあります。RNAの測定と相性がいいのか、デモの結果はデータの安定性もよかったですね。
中村:RNAは高価なので、流路に流すサンプルが不要な Octet®はサンプルの調製でコスト的にも都合が良いという点もありました。
構造活性相関の取得に、細胞実験と相互作用解析の同時並行を可能に
──現場での使いこなしを教えて下さい。
篠:一次的には、濃度を固定して多サンプルの結合確認に使っています。当社のスクリーニングで結合が見られた化合物をOctet®でバリデーションし、確認できたものを細胞実験に持っていきます。一定濃度で結合の有無だけでなく、結合・解離の速さをセンサーグラムで同時に評価することができるので、結合の有無+結合プロファイルで絞り込むことができます。
次に、細胞実験で狙っていたタンパク質の発現を止めていることが確認できたら、その周辺の化合物探索を始めます。この段階では濃度を振ってKD値測定も含めた相互作用解析をするのですが、ITC(等温滴定熱測定)のスループットでは不十分、かつ必要となるサンプル量も多いため、化合物の数が多い場合はOctet®を使って、結合の有無だけでなくKD値も測りながら、周辺の化合物の有望度を評価します。SAR研究の段階では細胞実験と相互作用解析を同時並行で進めています。
中村:速さを優先することも精度を優先することもできますから、重要なデータを取得するプロセスで多用していますね。
篠:Octet®はバリバリに第一線で活躍していて、ありとあらゆるプロジェクトに毎回登場しているという感じです。
今井:当社のスクリーニング後のバリデーション体制は、Octet®の導入によってさらに強固なものになりました。BLI測定ではセンサーがプレート上を移動するため、プレートデザインがやや複雑になるものの、スループットを最大化できるよう体制を整備し、運用しています。
── Octet®の使い勝手の良さは?
篠:qFRETスクリーニングで見つかってきたものがどのくらい強く結合しているのかを見る際に化合物がまだ初期の段階のため、バッファーに溶けにくいことがあります。流路を使った装置だと詰まってしまうので測定できませんが、いるか どうか Octet®はセンサーを反応溶液に浸すだけですから、沈殿してサンプルとにらめっこしなくても、「とりあえず測定してみよう」と気軽に測定できるところが良いです ね。沈殿や凝集している場合は測定データから判断できますし、ストレスなく測定にトライできることは研究の底上げ に繋がっていると思います。それもあって、高頻度に使うようになったのだと思います。
今井:単純に結合しているか、していないかだけではなく、結合の速度もわかるというところが良いです。また非常に自由度が高く、検出方法がシンプルな点も魅力的です。そのおかげで、多様なアッセイに使いやすくて助かっています。
中村:SPRでの知見を活かせるところも良いですね。原理は違えど出てきたデータの読み方は似ていますから、SPRの論 文を見て実験条件やデータの解釈を考えることができます し、製薬会社様にOctet®を使ってバリデーションをしますと 説明する際に、どういうデータが取れるのかを理解していただきやすいことが多いです。
希望に満ちたあたたかい社会を目指す次世代創薬
──創薬プラットフォーム事業でさまざまな企業と一緒に 研究されるわけですが、解析データのやりとり等で苦労されたことなどはありますか。
篠:大きな苦労や問題はないと思います。各製薬会社様はこれまでにさまざまな分析方法を使ってこられたわけで、SPR もあればITC、フェノタイプアッセイを使っていたところもあ ります。おそらくターゲットにする疾患によって分析方法は 違ってくるのかなと想像していますが。
中村:製薬会社様でのプロジェクトはたいていその企業様が採用しているやり方に合わせてあり、必ずしもスループット性を求められるばかりではないように見受けられます。しかし当社との共同創薬研究においては、当社からスループット性の高いOctet®の使用を提案することがあります。当社においては複数の企業様との共同創薬研究が同時進行しているので、Octet®がなかったら確認実験が追い付かない事態になっていたと思います。
篠:先ほど今井が自由度の高さについて言及しましたが、だからこそ多様なプロジェクトで活躍させることができているのだと思います。導入を検討していた当初はOctet® R8を予定していましたが、よりスループットが高く、サンプル容量が 抑えられる上位機種のOctet® RH16を購入して大正解でし た。
──そうした研究フローの確立も含めて、どのようなサポートがありましたか。
今井:導入時は、RNAと低分子化合物の結合についての論文をベースに測定系の立ち上げを提案していただきまし た。正直なところ、導入当初はわからないことが多く、何から質問すればいいのかさえ迷ってしまう状況でした。しかし、 一つひとつ丁寧に回答してくださり、そのおかげで装置をスムーズに活用できるようになりました。最近では製薬会社様によって要望が違うことから、こういう場合はどうしたらいいかという相談をさせていただいて、RNA以外のタンパク質測定の知見などからも助言をもらって、それをRNAに置き換えて洗練させていくこともあります。また、提供されているアプリケーションノートが非常に豊富で、勉強になります。具体的な使用例や実験の設計方法が詳細に記載されているので、初めて使う場面でも大変参考になりました。特に、応用範囲を広げるヒントが得られる点が魅力です。あとは、導入当初に想定していたよりも稼働率が非常に高くなったので、よくサポートに来ていただくようになり、柔軟に対応していただいて本当に助かっています。
──今後の展望について教えて下さい。
篠:私は機器分析に長く携わってきましたので、実験手法やアッセイデザインなどもっと技術的に確固としたRNAの分析評価スタイルをつくりたい気持ちがあります。Octet®向けのRNAサンプルのデザインもまだまだ発展途上だと思っていますので、ザルトリウスさんと一緒に洗練させて、製薬企業様にも提案できるようになりたいですね。
今井:製薬の段階に入るとさらにスループットやデータの精度を高めることが課題になると思っています。もっと多くの方々がBLIを使うようになって、さまざまな知見が増えてくると嬉しいですね。
中村:近年は抗体医薬品や細胞治療など高機能な治療法が増えましたが、価格が高いのは患者さんにとって悩ましい問題です。低分子医薬品は経口摂取ができるという手軽さ、 価格が安く大量に生産できることから、多くの患者さんに届けることができると考えています。またmRNA標的創薬は、 従来のタンパク質を標的としたものでは困難な疾患を含めて広く適用できる潜在性を秘めていますから、希少疾患などのアンメットメディカルニーズを満たす可能性を持っています。当社の掲げる次世代創薬による医薬品で「希望に満ちたあたたかい社会を実現する」という理念のもと、あらゆる疾患の患者さんが治療薬を入手でき、最適な治療を受けられる安心な社会を目指していきたいです。