Author: Nozomi Sakamoto | Last updated: November 2024
株式会社ヘリオス
鳥澤 勇介氏インタビュー
細胞の挙動を見逃さないライブセル解析ーNK細胞を使った
新たながん治療法開発を目指す
iPS細胞技術を用いた再生医薬品開発を行う株式会社ヘリオスは、遺伝子の導入や編集により機能を強化したNK細胞をiPS細胞から作製、幅広いがん疾患に対する免疫療法の研究・開発を行っている。同社研究部探索研究グループのエキスパート、鳥澤勇介氏はがん治療用のNK細胞を顕微鏡下で評価する中で、遊走機能など動きを捉える難しさを感じていた。そんな時に出会ったザルトリウス・ジャパン株式会社のIncucyte® SX5 生細胞解析システムは、様々な課題を解決し研究を加速してくれたという。その使いこなしやメリットについて鳥澤氏に伺った。
── 鳥澤様のご研究について教えて下さい。
私は前職までT細胞の遊走機能等の評価系の構築に携わり、現在はNK細胞の機能評価及び作製にも携わっています。我々が目指すのは固形がんも含めた多くのがん治療を可能
にする機能増強したNK細胞をiPS細胞から作製し、新たな細胞治療を開発することです。今、臨床ではT細胞を遺伝子改変したCAR-T細胞療法等が行われていますが、T細胞は自己非自己を認識するため患者さんの細胞を使うことが一般的で、オーダーメイドの治療となり、重篤な副作用も懸念されています。NK細胞の場合は他家でもそうした副作用がほとんどなく、off-the-shelfでの製品開発が可能なために、NK細胞を使った治療も少しずつ臨床検討が開始されています。
── どのようなNK細胞をデザインするのでしょうか。
がん細胞を攻撃する、生体内で長期間生存するなどの機能を増強する遺伝子を導入したiPS細胞を作製し、分化を誘導することでNK細胞を開発しています。様々な固形がんをターゲットにできるNK細胞の開発が目標です。がんを認識して攻撃できるNK細胞を既に開発できており、その評価に
Incucyte® SX5 生細胞解析システムを使用しています。
NK細胞の挙動をスループットもコスパも良く捉えるIncucyte® SX5生細胞解析システム
── どういったところがNK細胞の評価に適しているのでしょうか。
まず、遊走機能の評価に非常に向いています。私は前職でもCAR-T細胞ががんに向かって移動する遊走機能の評価を行っていましたが、顕微鏡下で培養しながら観察をしていました。2020年にヘリオスに入社してからNK細胞も同じように顕微鏡で評価を行っていたのですが、顕微鏡で観察しようとするとステージそのものが動くためNK細胞も一緒に動いてしまいます。がん細胞などはウェルの底面にくっつくのでステージが動いてもあまり影響しないのですが、免疫細胞、血液細胞など浮遊細胞の動きを追うのは困難です。
Incucyte®はステージではなくレンズが動くため、細胞が揺れることなく観察ができ、浮遊細胞の評価が可能です。また、顕
微鏡下での培養は細胞にとっても過酷ですし、あまり長時間の観察ができませんが、インキュベーター内で測定可能であるためにこの問題もクアできます。マイクロウェルプレート6枚での同時観察が可能なことも非常にありがたい点です。顕微鏡では1枚のプレートしか見ることができませんから1日数カ所程度しか見ることができないので、どうしても効率が悪い。もちろん設定はピント合わせからすべてマニュアル作業で、得られるデータの量にもおのずから限界があります。しかも遊走機能を評価するとなると、動画の作成も定量評価も人の手で、だいたいは一人で行うことになるのですが、Incucyte®はピントもフォーカスも撮影もすべてオートでやってくれますし、6枚のマイクロプレートをフル稼働させて実験ができます。これを顕微鏡でやろうとしたら、どれだけの時間と労力と人手がかかるだろうと思いますね。それを昼夜も休日も問わずに実行してくれるわけですから、生き物である細胞を評価するのにまさに適した装置だと思います。
── 顕微鏡で評価する場合のマニュアル作業は属人性も高くなりますね。
例えば動画に特化をして、見せるためのきれいなイメージを取るのであれば、ピントやフォーカスも狙い通りに設定できるし解像度も高い顕微鏡の方がいいこともありますが、定量評価においては再現性が低くなります。アカデミアの研究ではより良い、いわゆるきれいなデータを求めるケースもありますが、医薬品を扱う企業では誰がやっても同じ値が出る再現性が重要なので、Incucyte®で評価することはよりフェ
アになると思います。
── アカデミアでの研究でも医薬品のシーズになるようなものであれば、再現性を重視する必要もありますね。
そう思います。やはり定量的に評価できることは重要でしょう。
─ どのようなきっかけでIncucyte®を導入されたのでしょうか。
私が入社する前年頃に新しい装置を導入するにあたってIncucyte®が候補に挙がっていたそうで、弊社内では話題の装置だったことから私も知ることになりました。さらにiPS細胞からNK細胞を作製しているアメリカのグループが評価に使用して論文発表しており、それを読んだ時に「これは使える」と確信して、2021年に導入しました。
とりあえず画像を自動取得してみる「お試し」が突破口に
── Incucyte®ライブセル解析システムに任せておける作業が増えたことで、どんなメリットがありましたか。
長時間に亘って自動で画像データを取得し、並行して解析も行えることは非常に効率がよく、企業としてはコストパフォーマンスの面で大きなメリットがあるでしょう。現場で実感するところでは、実験量を増やせることが大きなメリットです。これまでは1つの顕微鏡下で1つの実験を行い、その結果をある程度評価してからでないと次に進めないので、必ず順番通りに進めるしかなかったのですが、Incucyte®では複数の実験を並行して走らせることができますし、実験しながら解析結果が出るのでどんどん次に進めていけますからシームレスに複数の実験を行うことができます。
個人的には自動で画像を取得してくれるところに大きなメリットを感じていて、あまり一般的な使い方ではないかもしれませんが「とりあえず試してみよう」という時によく使います。何かしら思いついたサンプルをIncucyte®に入れて、定量的な評価はせずに、1日数枚などしばらく画像を撮影して「お試し」の評価をしてみたりするのです。手軽にできますし、稼働しているプレートの空いているところで「お試し」を行うことも可能です。後からプログラムで画像を見ていくと、何かしら発見があって次の実験へと繋がったり、新しいアイデアを得たりすることもあります。顕微鏡ではあれこれ試すことは難しかったので、大きなメリットだと感じています。
── トライするチャンスが増えるのですね。そこからブレークスルーに繋がる可能性はありますか。
あると思います。用途が限られた装置ではないので、様々なことを試してみることができますね。しかも、目で見てわかるというシンプルな結果を出してくれるところがよいのでしょう。
── そうした「お試し」で具体的に得られたアイデアなどはありましたか。
遊走機能の評価は、まさに試しでやってみたところからできるようになりましたね。我々のNK細胞には物質を分泌して他の免疫細胞を呼び込む機能があるのですが、それを評価するところに非常に苦労していました。とりあえずプレートの中に免疫細胞とNK細胞を一緒に入れておいて、それがどのような振る舞いをするかをIncucyte®で試すうちに、機能評価へと繋がりました。最初の24時間程ではほとんど変化が認められないのですが、2日目以降でようやく動き出すことがわかったのです。インキュベーターの中で、かつ最低3~4日間は静止した状態でなければ評価できないため、他の系では難しかっただろうと思います。そもそもNK細胞が他の細胞を呼ぶ物質を分泌してから、免疫細胞が何日後から動き出すかということもわかっていなかったわけですから。定量的な評価はまだこれからですが、とりあえず評価できたのは非常に大きいです。NK細胞が免疫細胞を呼び込む機能と、がん細胞へ遊走する機能の評価は、Incucyte®以外の系では実現は難しかったでしょう。
振る舞いのプロセスを長期間、具体的
なイメージで見る
── その他にIncucyte®で見出されたことはありますか。
我々のNK細胞では、抗体に結合したがん細胞を攻撃する能力( 抗 体 依 存 性 細 胞 傷 害 活 性 )を 遺 伝 子 導 入 に より高 め て おり、その能力を評価する際にIncucyte®を使えば細胞数も抗体の種類も大量かつ網羅的に評価できるようになり、今ではそれがルーティンとなって新しくNK細胞を開発したり、製造したりする時の機能評価にIncucyte®による評価方法が社内では一般的になりました。
また、NK細胞の細胞傷害活性の評価においてはこれまでは4時間、12時間など短期間の評価しか行ってきませんでしたが、Incucyte®ではもっと長期間の観察が可能なので、がん細胞が消滅するまでを4日~1週間といった単位でモニターし続け、経時的に評価することができます。そうすると、どの段階でがん細胞を攻撃しているのか、がんの種類によって攻撃パターンが異なるのかなど様々な作用機序が見えてきました。興味深いのは、最初の数時間は攻撃し続けているのに、その後パタッとやめてしまう場合があります。がん細胞の表面タンパクの発現が変化する等の影響で攻撃を停止・再開するなど、NK細胞は必ずしも直線的な働きをするのではないこともわかりました。こうした挙動は短期間のエンドポイントを見るだけでは見出せなかったでしょう。細胞の増え方でも挙動でも、プロセスを具体的イメージとして観察できることは深い理解に繋がると思います。
── NK細胞をつぶさに観察してこられて、一番驚かれた振る舞いは何でしょうか。
やはり直線的ではない攻撃のしかたですね。NK細胞はがんと出会うと最初はドンと攻撃するのですが、一旦は落ち着きます。そして次の攻撃段階があり最終的にはがん細胞を全て死滅させるという振る舞いで、私は単純に直線的に攻撃するものだと思っていたので、初期の振る舞いが必ずしも効果に直結していないとわかった時は驚きました。これはIncucyte®で評価していなければわからなかったでしょう。iPS細胞から分化誘導したNK細胞は、見た目は同じでも違う特徴を備えている場合があり、製造方法の開発でもこのような経時的な細胞機能の評価は非常に重要になります。
── 長時間かかっても、確実にがん細胞を死滅させるという 評価も大事なのですね。
NK細胞ががん細胞の何十倍もいれば短期決戦型でもいい かもしれませんが、実際には確実にがんへとたどり着いた少 量のNK細胞がそこでしっかり増えて攻撃をすることに意味 がありますので、長時間増え続ける、そして攻撃し続けるも のが有用となります。増殖力の増強も必要となるのです。 NK細胞と免疫細胞が総力戦できる環 境を作りたい
── 今後の抱負をお聞かせください。
最終的には、遺伝子導入・改変を施したNK細胞による固形 がんの治療を可能にしたいと考えています。CARも含めNK 細胞の機能は向上しつつありますし、今後はがん種に応じて NK細胞の機能を高めることが課題になってくるでしょう。ま た、単独でがんを叩けなかったとしても、我々のNK細胞には 他の免疫細胞を呼び込む機能がありますから、それらの免 疫細胞が対象のがんを認識する、たくさんの免疫細胞がやっ てくるといった環境を作れるようなNK細胞を開発できれば、 今は治療法のないようながんに対しても効果があるのでは ないかと期待しています。
NK細胞には未だに驚かされ続けていて、たとえばフィー ダー細胞といわれる遺伝子導入を施したがん細胞とNK細 胞を一緒に培養すると、NK細胞は驚異的に増え続けるので す。フィーダー細胞がいる限り1週間で100倍といったペース で増え続けるので、その機能があれば、in vitroではがんが存 在する限りNK細胞は増えることができ、これが生体内で起こ ればがんを根絶させることも可能になるのではないかと感 じます。もちろん、がんはそれほど単純な細胞ではありませ んが、いつの日か我々の作製したNK細胞で治療可能になる 日が来るのではないかと期待をしています。
── 同じような分野におられる研究者や、そこを目指す方 に向けてのメッセージをお願いします。
今後、創薬、再生医療分野ではiPS細胞に何かしらの機能を 持たせることによる技術開発は進んでいくでしょう。通常の細 胞や組織よりも優れた機能や特徴を持ったものが作製可能 になっていますから、今はまだ考えつかないような治療法が できる可能性は大いにありますし、遺伝子導入で機能強化し た臓器の作製もありうると思います。やはりiPS細胞を生み 出した日本としては、頑張っていきたいものです。
アカデミアや企業、ベンチャーなどいろんなところから様々 なiPS細胞ベースの細胞が開発されることに非常に期待して いますし盛り上がればと思っているので、研究者や学生の皆 さんにはぜひ一緒にやりましょうと伝えたいですね。
(取材/文・坂元 希美)